赤松利市 『鯖』を読んで。

ヒイヒイ、こりゃあ参った……三日坊主にも程があるってもんだ。
最後にここで読書感想文を書いてから既に四ヶ月も経っているなんて……イヤイヤまったく、思いもしなかったよ……。
なに、言い訳をするという事じゃあないんだが、その間に全然本を読んでいなかったという事はないんだよ。量は少ないにしても一日に数時間……ない時は数分……数秒……と、マア、とにかく読書はしていたんだよ。
ただ、書くまでもなかったと言ったら、これは失礼になるかもしれないけれど、実際、ここで書かなければならないほど厚みのある本を読んでいなかったんだ……ページ数の厚みも、内容の厚みも。
イヤ、短篇ばかり読んでいたという事ではないんだけれど……そう、ライトな物はライトな場で……とでも言おうか。お得意のツイッターなんかで事が足りてしまっていたんだね。
しかしこれは裏返せば、ここにこうして感想文を書いているという事は、このたび読んだ『鯖』にはそれだけの厚み、面白さがあった……という証明になるわけなんだから、この長ったらしい言い訳も、その前置きとして勘弁して欲しいところだ。ハハハ。

サテ、本題に入ろう。
『鯖』の話だ。

タイトルからだいたい察せられるとは思うけれど、これは漁師の物語でね……主人公の水軒新一(ミズノキシンイチ)を初めとする時代錯誤とも言える荒くれ者の一本釣り漁師たちのもとに中国美人のビジネスウーマン(通称アンジ)が現れて、『ヘシコ(青魚を塩漬けして更に糠漬けにした発酵食品)ビジネス』を共にやらないか? という話を持ちかけてきた。
聞いてみるとそれは、毎年貧乏生活を強いられていた漁師たちにとってコレ以上、またとない儲け話……ビッグチャンスだった。
しかし船団の中には、一本釣り漁師としての誇りを簡単には棄てられない、この狗巻南風次(イヌマキハエジ)に鯖なんぞという下魚を釣らせるつもりか、などという者も居り、一悶着も二悶着もあったがそれまで魚を卸していた『割烹恵』の女将、枝垂恵子(シダレケイコ)からの推しもあり、女将に想いを寄せる船頭、大鋸権座(オオノコゴンザ)率いる船団は『ヘシコ鯖事業』というビッグビジネスに着手することになったが、ドウモ話はキナ臭い方向へと船足を進めていく……。

というのが、大まかな粗筋なんだが、私はココで嘘は吐かないと決めているので正直に、一番最初のページを捲って『主な登場人物』の項目を見た瞬間の気持ちを先に言っておこう。

水軒新一(三十五歳)
大鋸権座(六十五歳)
加羅門寅吉(六十六歳)
鴉森留蔵(五十六歳)
狗巻南風次(五十五歳)


「オ、オ、オ……オジイチャン世代〜〜〜〜〜ッッッ!しかも漁師〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!全然興味が湧かねえ〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!!」


イケナイイケナイ、思わず素が出てしまったね……。
イヤ……けれどこれは多分、私たち世代の人間が見たらキット同じような反応になると思うんだよ……なんと言っても平均年齢が五十歳オーバーなんだからね。
しかも漁師の話と来たもんだ。
前作『藻屑蟹』を読んでいなければ、私は間違いなく読まなかっただろうね……表紙や強烈なキャッチコピーが目を引くだけに手に取りはするだろうけれど、千七百円という結構な値段を見たらウーンと唸りつつ元の棚に戻してしまうだろう。

……そして、後悔をすることになっていたのだろう。

確かに、金がない人間には少しばかり高い本だった。運良く自由に使える小遣いが手に入ったからよかったものの、貧窮に喘ぐ文学少年・少女には手を出しにく価格帯である。
しかし、その金に見合う価値を、本書は持っていたと、私は声を大にして言うことが出来る。
途中までは、人見知り(女性恐怖症)の主人公シンイチの成長譚なのかと思い思い眺めていた文字の海は、次第に波風を立て始め、青かったはずの水面がどす黒い、コールタールのような色に変化していった。
ススイと泳ぎ切ってしまえると思っていた白昼の浅瀬は、いつの間にか暗い夜の海へ。波に飲まれるよう……引き込まれるように没入していく感覚は、控えめに言っても心地の良いものではなかったが、一行一行を読むたびに補完される磯の香りとアンモニアの悪臭。飛沫をあげて飛び散るオゾマシイ″ナニカノ塊″が脳髄の中で映写されていく戦慄は、さながら、なにか一本の映画を観せられているような気分にさせられた。
いつの世も、人を狂わせるのは色と金である。
コンプレックスの皮を剥ぎ取った下に見えたのは、厚く醜い、″我欲″の肉塊だった。

後半あたりから、若干グロテスクかつ下品な表現が見られるけれど、私が想像していたグロテスクさよりはいくらか大人しいものだったように思う……。苦手な人は苦手なものなのかな。ハハハ。
前作の純文学的物語と比較してみると、どうなんだろうね。登場人物達の漫画やアニメじみた苗字・名前も相まってか、だいぶん大衆小説寄りというか……″不思議と読めてしまう″と言った感じだったように思われるが、見えかた、読みかたは自由だからね。明言は避けようじゃあないか。個人的には、単純に面白かったとだけ言っておこうかな。フフン。

イヤイヤ、それにしても……それにしてもだ。
赤松利市、初の長編小説『鯖』。
小説界もコレはとんだ大物を釣り上げたというもんだね。ハハハ。
そりゃあ千七百円もするわけだ。
次に本を買う余裕が生まれるのが何時になるのかは全然にわからないけれど、赤松先生の次回作が出たらキットすぐに買ってしまうんだろうね、私は。

糞っ──。