赤松利市『らんちう』を読んで。

ン……ンン……どういったことだろう……年が明けているような気が……ンン……ン……、かなり少なくはあるけれども週に一冊くらいは小説を読んでいるはずなのだが……読書感想文を書いていない……ハハ……アケオメ……。

言い訳をさせてほしい。
いやね、最近はミステリばかり読んでいたというのが理由のひとつではあるんだよ……。ああいったジャンルのものは「面白かった」あるいは「つまらなかった」で終わって良いものだと私は考えているからね。
そうだろう、アレは犯人、または真相がわかるまでが楽しいものなんだから。
古い作品であろうと、未だ読んでいない者があるミステリーのネタバレを大声で書き記すのはタブーだからね……例えそれが、こんな小さな、誰が見ているのかもわからないようなブログであっても、だ。
書けるとすれば、粗筋くらいのものだ。
とは言え、それだけが理由の全てというわけでもないんだよ。
これは個人的な理由になるけれど、実は私、他の場所でもブログを書いていてね……あまり文字を書きすぎると足りん脳がオーバーヒートを起こしてしまうんだよね。ハハ、物書きの人とは根本的な脳の作りが違うのだろう。それに時間もない。
……マア、単に面倒くさかったというのが主な理由ではあるんだけれども……。

と、サテ。
本題に入ろうじゃあないか。

赤松利市『らんちう』だ。
私はこれをとても楽しみにしていたんだよ。
『藻屑蟹』を読んでからというもの、赤松さんの書く現実(リアル)に酷く魅入られてしまってね。鈍器でガアンと殴り付けられたようなあの衝撃を受けて以来、ズット脳が揺れているような、そんな感覚だったんだよ。

そして『鯖』に続く今作はクライムノベルとのこと。
犯罪小説というやつだね。
とは言え、冒頭でチョット話したけれど、私はミステリの感想文は基本的には書かないことにしている。
クライムノベルと言えば、ミステリのジャンルに入るはずなんだけれど、これは先に言っておかないと後で大変な勘違いをしてしまう人があるかもしれないからね。
いいかい、この『らんちう』は、ミステリーではないんだよ。

帯なんかには「犯人は、ここにいる全員です」なんていう、いかにもミステリーファンが食いつきそうな惹句が書いてあるけれど、ところがどっこい! というわけだ。
私も最初は「赤松さんが書くクライムノベル……コイツはとんでもないミステリーになるんじゃあないか」なんて色めき立ったものだけれど、これはミステリーみたいな、そんなエンターテインメント性のある作品とは言いづらいね。裏テーマなんてとんでもない。真っ向正面からシリアス一辺倒な社会小説だった。

粗筋はこうだ。

『リゾート地に建つ旅館の総支配人であるキモデブマザコンファッキン糞豚野郎が、至って真面目な従業員(中には不真面目な者もあるが)六人の手によって絞殺された。警察で取り調べを受ける犯人達の独白で物語は進んで行くが、どうにも犯行の動機……つまりは殺意の在処がハッキリとしない。
豚のワンマン経営や、徐々に明らかになっていく過重労働……そして、社員が参加していた怪しげな自己啓発セミナー。犯人やその他従業員達の供述から浮かび上がる事実、醜い奇形の金魚《ランチュウ》のようなグロテスクな真相とは──』

と、こんな感じなんだがね。
イヤ、これは帯に書いてある粗筋を少しだけ弄ったものなんだけれど……流石に元の文章をそのまま使うというわけにもいかないからね。
マア……うん、そうだね……。

これもう、ミステリーじゃなかったらビックリするよね!!

あれだ。
『帯でミステリーだと思い込ませておいて、内容はミステリーではなかった』という類の叙述トリックだとでも思えばいい。はい解決。

ウーン……真相が明らかになっていく様はミステリーと言って言えなくはないんだろうけれども、かと言って終盤にどんでん返しがあったりするわけじゃあないんだよ。
だから、これから『らんちう』を読む人には、これをミステリーだと思って読まないで欲しいんだ。そう思い込んで読んでしまうと、味がしないガムを噛み続けているみたいな気分になってしまうと思うからね。

社会批判。
いや、赤松氏の嘆きとも取れるのかな。
今の世の中は何かがオカシイ。
いわゆるロスジェネ世代(現在40~50歳くらいの世代だね)と呼ばれる、非正規雇用を転々とする人間達の"目には見えない"相対的貧困
搾取され、消費され続けてもなお、その現状に甘んじている彼らに「これが現実なんだよ!目を覚ませ!」と叫んだ小説と言うのかな……イヤ、実際、私のような学のない人間には、そこまでは測りかねるがね。
とにかく痛烈だった。
私は全然ロスジェネ世代に掠ってすらいない年代の人間だけれど……とても痛かった。
何が痛かったのか、どこが痛かったのかはわからない……けれど、最後の一ページ。余白の白さが目に飛び込んできた瞬間、火に焼かれる虫のように身体を捻り回したくなるような不思議な痛みが襲ってきた。
言葉にならない気まずさ、堪らなさが全身を支配した。
声も出していないのに横隔膜が震えているように感じた。
粗筋にも書いたけれど、『怪しげな自己啓発セミナー』ってのがあってね、うん、洗脳って言うのかな。
受講者の自己・自我を喪失させたのち、新たな思想・思考を植え付けるっていうね……。
これを見たときに私、『現実を生きている社会人は、このセミナーを受けるまでもなく同じ思想・思考を持って生活しているじゃあないか』なんて思ったんだよ。そうでなくとも、こういうセミナーというものは実際に存在する。それに洗脳されている人も。
イヤ……もはや、日本という国自体がマインドコントロールに掛かっている状態と言って言えなくはないだろう。
それが堪らなく怖くてね。
まるで幽霊の出ないホラー小説のようだった。

私自身の話になるけれども、こういうのが嫌で自己啓発本は読まない主義でね……。イヤ、読んでいる人達を批判するわけじゃあないよ? けれど、怖いとは思わないのかな、とは思う。誰かの考え方を自分に植え付けられる怖さ。生き方を、行き方を人に示されるキモチワルサ……。
だから私は、基本的に小説しか読まないんだ。
なに、これはあくまで、個人的な考えかただからね、気にしないでくれ給えよ。


ところで、読者諸君はこの本のタイトルにもなっている『ランチュウ』という金魚を知っていたかな。
恥ずかしながら私は知らなくてね……金魚は昔から苦手なんだよ。
それが『グロテスクであればあるほど上等、高価な金魚』だと言うのだから……金魚嫌いにはタマッタものではない。
昔で言うところの『キモカワ・ブサカワ』みたいなものなのかね……。
フフン。
そのグロテスクな肉瘤を持つ怪金魚ランチュウになるのは、いったい、これを読んだ者の内の誰なのかな?


というわけで、読書感想文というか宣伝みたいなものだね、これはもう。
是非、色んな人に読んでいただきたいんだよ。
ミステリーとして読みさえしなければ、文章の巧さは言うまでもなく、単純に面白い。そして。とても考えさせられる作品だ。
いいかい。これを読んでいる君がどの世代であっても、だよ。
装丁も素敵に洒落ているから、是非是非手に取ってみていただきたい。


〜余談〜

赤松氏、60歳を超えてらっしゃるのだけれどね、稀に作中で若者がよくいうネットスラングを使っていたりするんだよ。
テヘペロ」なんて文字を見た時は、失礼ながら「語彙の選択可能域が広すぎる」なんて吹き出してしまったよね。
ハハン。