赤 松 利 市「藻 屑 蟹」を 読 ん で。

ヤアヤア、随分と久しぶりだね。
前回の読書感想を書いてから丸一ヶ月も経ってしまっているのだから、そりゃあ、まあ、久しぶりのはずだ。それとも、初めまして、かな。
イヤア、本当は月に四・五冊くらいは読みたいんだけれど……恥ずかしながらも生憎、時間も銭も持ち合わせが少ないものでね……ハハハ。中々どうして、人生というのは上手くいかないものだよ、全くさ。
というわけで、そんな″貧乏暇なし″という慣用句がピッタリの私が今回出会ったのは、電子書籍版が期間限定で無料配信されている短篇小説『藻屑蟹』だ。ウッカリするとモズクガニと言いそうになってしまうタイトル……というか、生き物だよね、モクズガニ
『第一回大藪春彦賞新人賞受賞 六十二歳 住所不定無職 鮮烈なるデビュー』という、かなりパンチの効いたサムネイルに目を惹かれて迷わずも思わずも、ともかくすぐにダウンロードを実行したんだけれど……いやあ、凄かった。
REAL of REALと言うか、″自分とは違う視点から観る現実″と言うか、ひとつの事柄であっても、見えかた、見かたは様々だということを、改めて思い知らされる小説だった。
短篇小説だからね、頁数・文字数自体は非常に少なくて、活字を読み慣れている人ならチョットした休憩時間に読み終えられるのでは? と思えるくらいのものだったんだけれど(速読が苦手な私は一時間くらいかかった)、その短い文章の中に描かれた物語は、長々と語られる回りくどい物語なんかよりも、よっぽどリアルで、酷くショッキングなものだった。

『3.11』と言えば、おそらく気付かない人はいないだろう。
そう、舞台は福島。あの日、あの時、東日本大震災で一号機が爆発した映像を主人公の男がテレビで目撃するシーンから物語は始まる。
「何かが変わるかもしれない」
夢も希望も将来もない平凡な男は思った。
しかし、彼を待っていたのは何も変わらない日常と、町に流れ込んできた除染作業員。そして、″私達は被災者ですよ″と幅を利かせ始める避難民達だった。
それから六年の時が経った。
『纏まった金を手にしたい』と思いながらも変わらず平凡な日常を送っていた男のもとに友人・純也から大きな儲け話が舞い込んできた。その内容とは──と、マア、あらすじはこんな感じなんだけれども……舞台・テーマがこんな話なだけに、その重量感は格別なわけだよ。人体の、心の、デリケートな部分を細く鋭い針でツンツンと苛められているような気分だったね、私は。
知っていながら目を背け続けて来た現実や、愚かしい人間の欲。そんなものをマザマザと見せつけられているようで、思わず携帯画面から目を逸らしたくなったものだ。
正直に言うと、こんな話を書いていいものなのだろうか、誰もがタブーとして触れずにきた事を、こんな形でギュウと鷲掴みにしてしまっていいものなのだろうか……と思った。
一読者が心配してしまうほどに露骨な被害者(被災者)軽視的表現や、フェミニスト様達が聴いたら顔を真っ赤にしてアアダコウダと言ってきそうな話もあった……けれど、これはリアルなんだよね。現実的な空想だ。こんな想いを持っている人、こんな価値観を持っている人……それらは、確かに、居るのだろう。目につかないだけで。身を潜めているだけで、さ。
そんな目につかない所に潜んでいる人間の心の暗い部分を浮き彫りにした、そしてその心の闇からどう這い上がるか、そんなものを容赦なく、また、淡々と描いた物語だった。

そして、その内容も然る事ながら……と言うか、内容よりも、この物語を住所不定無職六十二歳の男性が自由空間(ネットカフェ)で執筆していたというのが、猛烈に強烈だし素直に驚愕でね……その覚悟、その意志の強さに、震えすら起こる。筆力とは何なのか、そんなものを教えられた気がしたね。

赤松氏の受賞の言葉。
「日銭仕事に執筆の時間を犠牲にするくらいなら、わたしは何の躊躇もなく路上に帰ります。その覚悟を受賞の言葉としたい。(一部抜粋)」

もうね、これには一発で惚れちまったよ。腹をキメた人間は強い。

とにかく、オススメだ。
前述の通り、いまなら電子書籍版は無料で読めるし、小説としてはとても読みやすかったので、是非一度、気になったかたは読んでみて欲しい。

……私は人生を捧げられるほどのナニカ、まだ見つからないなあ。

以上。