森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』を読んで。

ごきげんよう
どうやら今日は全国的にバレンタインというイベントの日らしいが、これは実にくだらん。この件に限った話ではないが、日本人は外国の風習に影響を受けすぎなのだ。日本には日本の風習。日本人には日本人の価値観というものがあるだろうに。なにを我が物顔でバレンタインを満喫しようとしているのだ。チョコレートを渡すということは、貴様の想い人が虫歯に罹るリスクが増えるということだぞ。くだらん。

くだらんが、しかし、ここであまりバレンタインに触れなさすぎると「逆に意識している」「万年ぼっち」だなんて好き勝手なことをワアワアと言われてしまいそうで癪だから、バレンタインに因んで少し甘めの小説について語ろうと思っている次第である。

ここ最近は胃が痛くなるような重い本ばかりを感想文、兼、紹介として記事にしていたこともあるから、今日はガラリと趣向を変えて森見登美彦氏の超ベストセラー小説『夜は短し歩けよ乙女』について話をしようじゃあないかということだ。

とは言え、ここまで前口上を語っては来たが、この『夜は短し歩けよ乙女』は今さら私がブログで感想文を書く必要などないほどに人気がある本である。アニメ映画化までされているくらいなのだから。そう、大人気なのだ。むしろ、「読むのが遅すぎる」と非難の雨をビシャビシャと浴びてもおかしくない。
しかし、そんな大人気の作品であれど、少なからずまだ読んでいない人だって中には居るだろう。そんな期待を込め、そんな流行り遅れの捻くれ者達のためにここで、改めて粛々と語っていくとしようじゃあないか。

夜は短し歩けよ乙女
森見登美彦氏と言えば、前にもここで紹介をした『新釈・走れメロス 他四篇』の作者である。『四畳半神話大系』や『有頂天家族』なんかも有名で、そのどれもが京都を舞台に据えている。これは前にも言ったはずである。

そして、この『夜は短し歩けよ乙女』もご多分に漏れず、京都を舞台に捻くれたサブカル男子学生と不思議な女子達がオモチロオカシク破天荒な青春を拗らせていくお話だ。
都ファンタジー、とでも言おうか。だから、紛うことなきリアルでは、これはない。とことんまでご都合主義の恋愛ファンタジーである。そして私はご都合主義が嫌いではない。むしろ大好きなのだ。ご都合至上主義万歳。
とは言え、この話、ラストになってやっと物語が始まるタイプの青春物語である(少しネタバレかもしれないか)。ゆえに、中には消化不良に感じてしまう人も居るかもしれない。しかし私にはとても面白く感じられた。重苦しい本の箸休めとしては完璧すぎた。すっかり朗らかな気持ちにならされてしまった。次に進む脚を優しく撫でられてしまった気分だ。悔しい。

森見登美彦氏の作品はどれも面白いが、その内容も然る事乍ら、あの特徴的な文体が私は好きなのだが、一目見ただけで「ああ、森見登美彦氏の本だ」と思える個性を孕んでいるのが、たまらなく好きである。
これを言うと「なんだか一辺倒だ」なんて思われる方もあるかもしれないが、それは一辺倒で有り続けることの難しさを知らない者の考えかただ。一定の方向に傾き続けるというのは、中心でバランスを取り続けることよりもずっと難易度が高い。
高度なバランス感覚を持った上で、こういった傾きかたをしている森見登美彦氏の作品が、私は好きなのである。
特に今作では、ハチャメチャに始まった第一章の章末がステキに素敵だった。正直に申し上げると性交よりも気持ちよかった。ウワーヤラレター! と声に出してしまうほど綺麗な章末で、これは電子書籍で読まなくてよかったと心から唸り声をあげたものだ。是非ここまででいいので読んでいただきたい。本で。

ちなみにこの森見氏、毎回ファンサービス欠かさない作家さんで、別作品にも登場した人物がチラリホラリと出てくる。前回紹介した『走れメロス』の登場人物である芹名も登場するのだが、思わずニヤリニヤリと綻んでしまった。作中に『本は繋がっている』というセリフが出てくるが、これを意識してのことだったのだろうか。だとしたら、出来た作家さんである。素晴らしい。

と、流れるようにここまで話をしてきたが、この本を読み終えたのは一週間ほど前のことである。書こうか否かを考えあぐねていたところにバレンタインデー某という輩が来てしまったものだから、ついキーボードを執ってしまった。
そんなことをしているうちに、おっと、そろそろ私の時計が11時45分になりそうだ。憎きバレンタインなぞという宴もお開きの時間である。一日は早いものだ。ゆえに、明日からはバレンタインなどは気にせず生きて行こうではないか、読者諸賢。

命短し恋せよ乙女、だ。

ハハン。